仙台に牛タンを食べに行こうとしたらとんでもない事になった記
秋分の日も過ぎ、夜の帳も開けきらないある休日の朝4時半。昨日も日付が変わってから寝たというのに、なぜだかふと目が覚め、そして思った。
「牛タン食いてえ」
水飲みたい、とかシャワー浴びたい、とかであれば分かる。肉を喰らいたい、しかも何故か牛タン限定で、というのは起き抜けの人間が起こす、おおよそまともな思考ではない。しかしそう思ったのだから仕方がないので、いそいそと服を着替えて家を出た。牛タンを食べるなら仙台に行くしかない、と思ったのである。やはりどうかしている。てめえ自分の店で牛タン扱ってんじゃねえか。
さておき、水戸から仙台へ向かうには、車であれば常磐道をひたすら北上すればいい。ものの2時間半で着く。しかし久しぶりの遠出にひとそえの旅情が欲しかった私は電車で仙台へ向かうことにした。
電車で水戸から仙台へ行くとなると、常磐線はなんか知らんけど福島で途切れている。水郡線やら磐越東線やらというのもあるが、どローカル線すぎて使いづらい。というわけで普通に新幹線で行くのが無難である。
水戸線は水戸(正確には友部)と栃木県小山を結ぶ路線である。まずはこれに乗り小山へ向かう。早朝の水戸線は人もまばらで、ふと見上げるとめっちゃクモの巣はってる。茨城クオリティである。石原さとみが「進もう」とか言ってる転職サイトの広告がクモの巣で覆われている。これじゃ進めねえよ。
小山で東北本線へ乗換えて、宇都宮へ。そこからさらに東北新幹線へ乗り換える。ちなみに乗り換え時間が3分しかないというエクストリームな状況の中、混雑する構内をめっちゃ走ったら階段でめっちゃこけた。宇都宮の皆様その節はご迷惑をお掛けし大変申し訳ございません。
新幹線は速い。当然だが速い。景色はあっという間に通りすぎていき、眺める暇だってない。そして月曜日の朝の始発ゆえか、車内は出張とおぼしきサラリーマンで埋め尽くされ、ぴりっとした空気が張り詰める。ひとそえの旅情も感じられないことに少しがっかりし、目を閉じる。
目を覚ますとちょうど新幹線が駅へと滑り込むところだった。外に目をやると、なにか違和感がある。仙台にしては都会っぽくない・・・ああ、まだ福島なのか・・・駅の看板は・・・
「盛岡」
新幹線は速い。当然だが速い。
寝不足で新幹線なんて乗るもんじゃねえな。どうすっかなこれ。仙台まで戻るのもなんかしゃくだしなあ、盛岡の観光か・・・いやでも見るとこあんのか・・・と盛岡駅のホームでスマホをいじりながらうだうだ迷っているとすべりこんできた新幹線。行き先を見ると「秋田」の文字があったので、なんだ真逆じゃねえか、秋田まで行ったら流石に帰れないよなあ、と思いながら乗車しました。あれ?
決して車内にビビるくらいの秋田美人がいたからではない。
秋田新幹線は全席指定席である。指定席券どころか仙台までの乗車券しか持っていない私はトイレの前で突っ立ち、時おりトイレにやって来る人に「あっさーせん」と言いながら秋田を目指した。そうして着いたのは角館駅。突っ立っているのも疲れたので、よく分からない駅だったが降りた。
人もいないし天気も悪い。しかしどうやらちょっとした観光地でもあるらしい。江戸時代の武家屋敷群の街並みが今でも現存しているとのことで、兎にも角にも向かってみる。駅から伸びるうら寂れた通りを10分ほど歩くと、少しばかり賑やかな一角があり、その奥に武家屋敷の立ち並ぶ通りがある。
なるほど。背の高い木立に両脇を固められただだっ広い通りに面して木の塀が続き、所々にある門構えの奥にはそれぞれ立派な屋敷が佇んでいる。観光客もちらほらとはいるが、静かで雰囲気のある街並みである。
角館には出羽国久保田藩の当主、佐竹氏の分家の屋敷があったらしく、そこに仕えた武士達の屋敷群がこれということだ。余談だが佐竹氏はもともと常陸国、つまり茨城の出自らしく、関ヶ原の戦い後に出羽国へ転籍になったとか。その時に国中の美人を秋田へ連れていったがために秋田は美人が多く、茨城は今でも(略)
許すまじ佐竹氏
さて立派な屋敷の中のひとつ、石黒家へ入ってみる。武家屋敷群の中で、唯一今も子孫が住んでいるらしいが、実際に座敷に上がり、スタッフさんの解説を聞くことができる。非常に興味深いのでオススメである。
欄間に亀の紋様が描かれており、差し込む光で影絵になっている。センスの塊かよ。
あと青柳家というのもありますが、こちらは博物館的な趣。全然関係ないアンティークとかあるし。まあそれはそれで楽しい。
さて時間は12時過ぎ。昼飯時なのでふらりと通りの飯屋に入りました。
完全に美味しいやつ。
比内地鶏の親子丼と稲庭うどんのセット。さらにお新香はいぶりがっこ。秋田づくしである。親子丼は香ばしく肉厚な比内地鶏にトロトロの卵が絡み幸せな香りが抜けていき、稲庭うどんは細身で滑らかな口当たり、東北特有の濃いつゆがよく合ってスルスルいける。いぶりがっこの独特の燻製の香りも、昔は嫌いだったけど最近は良さがわかってきた。まさに三位一体となった幸せの・・・
しゃらくせえ、要するにうまいということ。桜の里?みたいな名前の店だったと思う。
牛タン?なんのことだい?
さて、レンタカーを借りた。公共交通の貧弱な秋田では車がないとどこに行くにもなかなか大変である。車種はN-BOXで、流石に中は広いなーと思いつつメーターをふと見ると、走行距離、まさかの4キロ。ガチガチの新車じゃねえか。逆に緊張するわ。とりあえず行くとする。
とはいえ行き当たりばったりでどこに行くかも考えていない私は、まずは駅前の観光案内所に行き、暇そうにしている職員に訊ねた。
「どこかふらっと行けるいい感じの所ないですかね」
「そうですね、やはり田沢湖とか」
「知ってます、すごい深いんですよね」
「水深400メートルあります。あと田沢湖の向こうに温泉もありますよ」
「温泉」
「山の中の秘湯で、趣はありますね」
「秘湯」
「あと混浴です」
早速温泉へ向かうことにしました。
走ること50分くらい。車はどんどん山の中へ潜り込んでいく。新車にいきなりこんな道走らせるとか申し訳なさしかない。しかし何としても混・・・野趣あふれる温泉に入りたい。そうして車を走らせていくと
すげえ名前だな。
乳頭温泉郷は7つの独立した源泉をもつ宿からなっている。今回はその中のひとつ、妙乃湯へ。谷あいの小さな宿ながら、きれいな設備の整った品のある施設だ。受付を済ませるとフロントの女性が脱衣所の入口まで案内してくれた。ホスピタリティたけーなおい。
いそいそと服を脱いで中へ。施設には内湯が二つ、露天が二つ。そのうち露天一つが混浴となっている。それぞれの浴槽と洗い場が階層も部屋も違うという独特の内装で面白い。まずは内湯の「銀の湯」「金の湯」に入る。この辺りの温泉は、近くの玉川温泉とか後生掛温泉などもそうだが、もともと湯治場として利用されていた。それもあってとにかく濃い。当然ながら行きつけの近所のスーパー銭湯とは違う。体の暖まり方も全く違うし、言葉にするのは難しいが、ガツンと来るような、そんな感覚にくらくらする。
というわけで露天へ。暖簾をくぐると先客が3人。
全員女性。
しかも普通に若い。
おい聞いてねーぞ!!!混浴温泉って心を躍らせて入ってみたはいいけど8割方男で残りの2割はおばーちゃんっていうのが相場だろ!!!なんで全員若い女性なんだよ!!!!!!!天国かよ!!!!!
まあしかし、妙乃湯は女性はバスタオル着用での入浴OKである。逆に普通のタオル一枚で乗り込んだ自分の方が恥ずかしさに襲われるという色々貴重な体験であった。ちなみに露天には10分弱いたが、紳士な自分はずっと「あー自然が最高だー」と山を眺めていた。女性たちもそれぞれ別に来ていたらしく、全く会話のない不思議な空間だった。いま冷静に振り返るととんでもねえなこれ。
心も体もポカポカに暖まった自分は(ベタな表現だね)、田沢湖に向かった。田沢湖は日本一深いとのことだが、独特の青さも美しい。周辺に大きな集落や施設もなく環境が保たれているのだろう。そんな湖畔に、秋田美人を見つけた。
名前はたつこちゃん。セクシーである。
たつこに別れを告げ、秋田市へ向かう。1時間強、車を走らせて、日も暮れる中市街地へ入る。街の規模は水戸と同じか少し小さいくらいの、典型的な地方の県庁所在地という感じだ。美人すぎる社長がいることで有名な某ホテルに宿を取り、夜の街へ繰り出した。
秋田の繁華街は川反(かわばた)という所で、駅からは少し離れている。秋田駅前はチェーン居酒屋が申し訳程度にある程度だが、川反には郷土料理居酒屋や、個人経営の居酒屋、料理屋にスナックやバー、少しエロいお店までひとしきり立ち並んでいる。街の規模に比しては店数も多い感じがある。
一回りして、良さげな店に当たりをつける。外見が目立つ、入りやすそうな店に行こうと思ったが、あまり観光客向けすぎる所より、もう少しディープさが欲しかったので別の店にした。店の名前は「秋田乃瀧」、若干既視感ある名前だし、看板のフォントが某養老のなんちゃらに激似だが、それはあえて気にしないでおく。
中に入ると、先客はいない。一瞬しまった、と思ったが、店主と思しき夫妻が、いらっしゃい、今日はガラガラだがらどごでも好ぎなどご座ってよハハハハ!!と快活に笑って迎えてくれたので、少し安心して席についた。
まずはビールを注文し(生ビールだけで4種類もあった、最高)、メニューを眺める。やはり秋田らしいものが食べたい。昼は王道をいったので、もう少しローカルなものがいい。頼んだのはみずたまと豚肉の炒め物、カスべの唐揚げ。
料理を待つ間、秋田美人のおかみさんと話す。茨城から来たというと、じゃあ親戚だね、というのは先程の佐竹氏云々の話である。饒舌ではないけれど親しみやすい方だ。
写真はみずたま。 ウワバミソウの茎の部分が、秋になるとコブ状になり、食べられるのだと言う。全国に生えているが、北東北辺りでしか食べられていないのだそうだ。実際に食べてみるとコブは豆のような甘みがあり、少しねっとりとしていて美味い。濃い味付けの豚バラとも相性が良く、ビールが実に捗る。
カスべ、とはエイのことだそうだ。一般的に居酒屋でエイといえばエイヒレだが、カスべの唐揚げはそれよりも肉厚で美味かった。旬は冬だそうなので、その季節になればさらに美味しいのだろう。ビールがなくなったので、これまた秋田の酒、高清水を注文した。隣の常連さんがそうだよ秋田といえばこれだよ、と喜んでいた。
最後に頼んだのは入店した時から気になっている石焼桶鍋。海の幸と野菜と味噌汁を入れた桶に、熱々に焼けた石を突っ込んで煮るという、男鹿半島発のワイルドすぎる料理である。
写真なので分かりづらいが、桶の中でガンガン煮えている。あまりのインパクトに思わず笑ってしまったら、店の人達もニヤリと笑った。
具も美味いが、何より海鮮の旨みが溶けだした汁が美味い。 締めに雑炊も作って頂いたが、最高だった。帰り際にまた来ます、と言った。大げさでなく、また秋田に行くことがあれば再訪してしまうと思う。美味い飯と酒で気持ちよく酔えた夜だった。
牛タn・・・
ホテルに戻ると一瞬で熟睡した。充実した1日を過ごした時の夜ってどうしてあんなに気持ちよく眠れるのだろうか。
翌朝7時。窓の外を見やるとしとしとと冷たい雨が降り注いでいる。本当は日帰りで仙台へ、という予定だったので今日はもう帰るだけ。と、ならないんだなこれが。ここまで来ると色々な欲が出てきてしまうものだ。男鹿半島へ行ってみよう、そうしよう。
男鹿半島へは秋田市内から約40キロ、1時間ほど車を走らせる。秋雨の中を行くと、奴が姿を現した。
なまはげである。大晦日の夜に異形の面を被った男たちが「泣く子はいねがあ、怠け者はいねがあ」と家々をまわる伝統行事だ。鬼と思われがちだがどちらかと言うと神様のような存在らしい。しかしそうだとすればそのネーミングは可愛そうすぎやしないだろうか。
男鹿市街地を抜けて海沿いをしばらく走ると、海岸線はそれまでの直線的な砂浜から断崖絶壁に姿を変える。海沿いなのに山道というよく分からない感じの道をゆくと、男鹿半島先端の入道崎に着く。強風が吹き寄せ、寒い。岬の灯台の周りはすすき野原になっており、荒涼とした雰囲気があるが、すすきと海の風景がどこか美しくもあった。
風景に見入りたいところだったが、本気で寒かったので入道崎を早々に後にし、寒風山という景色の良い山に行くことにした。なまはげライン(ただの農道)をはしり、なまはげ直売所(ただの直売所)を横目に、青鬼橋、赤鬼橋(ただの橋)を渡り、寒風山に着いた。それにしても男鹿市、ちょっとなまはげに乗っかりすぎではなかろうか。
寒風山は360度の大パノラマが広がる小高い山だ。南に遠く秋田市街、西へ目を移すと険しい男鹿半島、北は日本海、東は八郎潟干拓地と秋田の多様な風景が見渡せるスポットだ。
ただし、晴れていれば、である。
無念である。
といったところで時間切れである。そろそろ茨城に帰らなければならない。秋田市内へ戻り、レンタカーを返却し、簡単に昼食を済ませた。
帰りの新幹線の切符を買い、少し時間ができたので、コーヒーでも飲もうとスタバへ入った。ラテのトールサイズを注文すると、店員のお姉さんが笑顔でデザートを勧めてきたので、仕方なしに甘いものも買う。秋田美人の笑顔にいとも簡単に屈するちょろい奴であった。
というわけで居眠りで新幹線を乗り過ごしたがためになぜか始まった秋田弾丸旅は以上である。秋田の食に関するポテンシャルをひしひしと感じた二日間だった。またぜひ訪れたいと思う。
真面目か。